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耳鳴りについて

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耳鳴りについてdetail

治療現場から耳鳴りをみる

耳鳴りほど不思議な症状はないような気がしています。

誰が最初に「耳鳴り」を病気として捉えたのか。

史上一人目の患者さんのときには、お医者さんも理解不能だったのではないかと想像するのですよ。

なぜなら、「この私の中だけで聴こえている音」なわけですから。

もしかしたら「どうもそういうことを言う患者さんが、あそこの先生のところにもここにも来ているから、実際に音が聴こえているのかもしれないぞ」といった動きがあったのでしょうか。

しかもレントゲンにも血液検査の数値にもあらわしにくい「音」、それも「個人」だけに聴こえている音を捉えて治していこうと踏み出してくれた、医学の先駆者たちの努力には素直に頭がさがります。よく「幻聴」扱いされなかったもんだなあ、と。。。

それに、痛くもないから「シップ出しておきますね」ではごまかせないわけで。
お医者さんも頑張ってるんだと思いますね。

ただ、今となっては「耳鳴り」という病名自体がなにかもどかしい思いを感じさせられます。

鼓膜が震えて聴こえるのではない以上、「耳」の単語をはずしたほうがいろんな視点・分野から研究が進んだのではないか、だとか。

「鳴る」「聴こえる」のは確かんだけど、その音が「どこで」鳴っているのか、その音を「どこが」聴いているのか。なにをしたら他人には聴こえない音が消えてくれるのか。

この意味でも耳鳴りはとらえどころのない感じがすると思うのですが。

もうひとつ、他の症状とは圧倒的に違う点があるのです。

それは、治療者側からみた部分で。。。
なにかというと、腰痛や五十肩では治療後に変化を確認すると、痛みの増減がわかります。

「あ、軽くなった」とか「あんまり変わっていません」とか。。。

耳鳴りの場合、治療後に「今、どうですか?」と音の増減を確認すると患者さんはきっと「耳を澄ませて、音の大きさを」・・・「確認」するんです。

その瞬間に、ちゃんと音を(耳鳴りを)「とらえてくる」んです。

逆に、なにかに没頭しているときには「耳鳴り」に「気づかず」、ふと我に返って「あれ、耳鳴りはどうしたのかな?」と「耳をすますと」例の音が聞こえてきたりします。

これはなにを意味しているかというと。私見ではありますが、耳鳴りに関しては治療現場ではジャストタイムで治りにくい、ということではないでしょうか。

治療現場で治療をしてもらって、いつしか気にならなくなっていたから治療現場から遠ざかっていた。

さて、いつの間に治っていたんだろう、そういうもののような気がします。


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