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耳鳴りと健康について考えてみましょう

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健康とはいったい何か?detail

耳鳴りと健康について


現代では、「健康とは、イコール病気ではないこと」のようになってしまっています。

その反面、健康診断の普及で「予備軍」という、どっちなんだかわからないケースが大量に生み出されています。

まったくもって健康という概念さえ、周りを見回しても当てはまる人がいないような。。。筋肉モリモリのスポーツマンでも、やっぱり怪我や故障で悩んでいたり。。。

それなら、青っ洟をタレながら走り回っている子どもは健康なのかどうか。「風邪を引いているのだから遊んじゃダメ!」と親心で言ってしまいますが、実際に子供達のあの元気は一体どう考えたらいいのか?

健康診断の数値は異常がなくても、「なんとなくだるい」「やる気がおきない」というのは健康か否かと考えだすと、どこで線を引いていいものやらますますわからなくなります。

外見的にも、上記のスポーツマンの話以外に、「交通事故で車椅子になった青年がバスケで汗を流している」というニュースを見ると、自分がそこまで元気かとふり返るにつけ、何が健康なんだかいっそう混乱してくるんです。

「なにも自覚症状や、他人からみた症状がなければ健康か?」

「肉体的になにもないが、なんとなく元気がでない、という人は健康か?」

「いつも寝不足で体が重たい人は?」

「なんらかの障害をもっているが、気持ちはいつも元気な人は?」



意外なことに、健康に関しての基準というのは曖昧なものだったのです。
・肉体的に若々しいこと?
・どこにも痛みがないこと?
・精神的に前向きなこと?
・五体満足なこと?
・数値が正常値であること?


どれも、、、どれも、、、健康のすべての条件をカバーしているわけではないのです。しかも、健康診断の数値でさえ、何年かしたら変更されたりします。

妊婦さんなどは少しの体重の増加で「太りすぎですよ」と注意されたりするのはあきらかに以前よりも厳しくなってきているし。

痛風においては、プリン体の摂取に気をつけてと言われながらも「直接的な摂取量の関係は意外と少ないのでは」という論も出始めました。

数値はこのように基準値自体が変動するという、「目安にはなるが保証はできない」といった性格をもっています。


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